川辺の風景 5 (納屋橋~新洲崎橋)

 相変わらず暑い日が続きます。夕方近くなっても気温の下がる気配がありません。今回はその暑さから逃げるように納屋橋から天王崎橋、そして新洲崎橋、 洲崎橋と距離にして1km弱の川べりを歩いてきました。

 名古屋の中心街、広小路通りに架かる納屋橋を過ぎて、次ぎの天王崎橋までの川べりに遊歩道が整備されています。しかし折角の整備された遊歩道沿いにお店がありません。有るのはエァコンの室外機、そこから吹き出る熱風でとても川沿いをそぞろ歩く風情にはなりません。

 この辺りが名古屋です。八百八橋の大阪と違うところです。おすましな東京との違いです。この橋の袂に「劇団四季」の小屋があります。また目を川面から上に向ければ、「ヒルトン ホテル」「リッチモンド ホテル」「名古屋観光ホテル」などの建物が見られ(写真外)、川べりのみすぼらしさと対照的です。

 今、名古屋では「あいち トリエンナーレ 2010」が10月まで開催されています。現代アートの祭典です。その会場を廻るのに利用できる人力3輪車です。これに乗せて貰って街の中を移動するには少々勇気がいります。
 

 さて、次ぎの橋は新洲崎橋です。名古屋の中心街を東西に貫く幹線道路の「若宮大通」が堀川を越える橋です。この橋と先ほどの天王崎橋との間に名古屋市教育委員会の説明板がありました。一つは「愛知医学校跡」です。それによりますと

“明冶7年(1874)西本願寺別院に仮病院付属として設置された医学講習場は明冶10年(1877)この地に移り、明冶14年には愛知医学校と改称され、後藤新平が愛知病院長兼愛知医学校長に任ぜられた。その後改称を重ね、昭和14年、名古屋帝国大学医学部、戦後、名古屋大学医学部となった。”

 もう一つは「御船手役所跡」です。説明板によれば

“この地はかって尾張藩の御船手役所が置かれたところで尾張藩海軍の根拠地とも云うべき所であった。弘化4年(1847)の記録によれば、代々千賀氏が船奉行として藩の艦船を掌握し、尾張。三河、伊勢、志摩に到る海岸防衛に当たっていた。”

 とあります。天王崎、洲崎の橋名からも分りますが、海が近かったようですね。その新洲崎橋、と古くからの洲崎橋です。

 堀川をこの辺りで切り上げ、先ほどの「若宮大通}を歩いて白川公園で一服です。この公園はかってはブルーシートのテントが一杯でしたが、今は綺麗に整備され、市民の憩いの場所になっています。

 園内には名古屋市美術館、名古屋市科学館などがあります。8月20日の前夜祭から22日までの「なごや ど まつり」に出場するグループの演技の練習が行われていました。若い方のエネルギーが見ているこちらに伝わってきます。

 写真の後ろの小さい球体が今までのプラネタリュウム、大きい球体が新しく建設された世界一のプラネタリュウムです。名古屋市のプラネタリュウムの人気度は全国一位(日本経済新聞調べ)で、学芸員の方のご努力に敬意を表したいと思います。

 
 
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by yk120715 | 2010-08-28 15:28 | Trackback | Comments(2) 

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Commented by s-sugiura-ktz at 2010-08-29 08:34
懐かしい風景がいっぱい出てきて・・・
歩いてみたくなります
写真がいいのですね
Commented by Gmizu at 2010-08-30 07:19 x
堀川沿いも東側はかなり整備されて景観を見せてくれますが、西側沿いはパットしないようですがいかがでしょうか。
トリエンナーレ静かに進行している感じは小生だけの受け止め方かな?

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